ホツマツタエ 天の巻 7アヤ [目次] [英語] [仏語]


アマテル神の岩戸隠れとソサノオの流浪

 アマテル神は、サホコチタル国(山陰地方)を治めていた祖父のトヨケ(現・伊勢外宮祭神、豊受神)亡き後、トヨケの御霊にアサヒ神の贈り名をして磐境(いわさか)を築き盛大な神送りを執り行いました。その後、富士の裾野のヤスクニ宮(現・富士浅間神社)にお帰りになり、今は新たに宮移しされてここ志摩のイサワノ宮(現・伊雑宮、三重県志摩郡磯部町)に御座(おわ)します。
 とかく問題の多かったサホコチタル国を何とか安定させるために、トヨケの後を継いで同族のカンサヒをマスヒト(益人・代官)に任命して、ソエマスヒト(副益人)には弟のツワモノヌシ(現・穴師坐兵主神社祭神、アナシニマスヒョウズ)と現地出身者のコクミを据えて万全の体制を敷き、民の暮らし豊かなれと常に願って政事(まつりごと)と執っていました。

 ある日の事です。高天(タカマ・宮中)に諸神(モロカミ)が集って刑罰のおきてを立(法)てようと、神議(カミハカリ)が盛んに行われていました。
 すでに大筋は合意をみて、天の運行(アマノメグリ)の三百六十度(ミオムソタビ)を基本にトホコノリ(瓊矛法)とし、まず四分割(ヨツワリ・四方)して刑法を定め、細分化して条項を作っていきました。
 その作業の真っ最中です。
 サホコ(山陰地方)から、ツワモノヌシが飛ばせた急使がカグ宮(香久宮)に着き緊急事態を告げました。
 文面にいわく、「先にネ(北陸)の国のマスヒト(益人)だったクラキネの二度目の妻は、民間から差し出した絶世の美女タミノサシミメです。君との間に生まれた一女をクラコ姫といい、君は姫を儲けてから母と娘を溺愛するあまり、こともあろうに出自(しゅつじ)も怪しいサシミメの兄コクミまでも、我が子(嫡子)同然に取り立てて、ついにはサホコチタル国のマスヒト(益人・代官)に任じて気ままに民を治める始末です。クラキネが老齢の為に死期を悟ると、今度は愛するサシミメを君に勧めたシラヒトを娘クラコ姫と結婚させて、ネ(北陸)のマスヒト(益人)にしました。この者は元々素養の無い所をもってきて人一倍の悪(わる)で領民は皆、悪政に苦しんでいます。
 やがてクラキネが御罷(みまか)ると、シラヒト、コクミはいよいよ本性を表わし、大切な君の葬送すら放置したままです。思い余ったクラコ姫が一人父クラキネの亡骸(なきがら)を立山(タテヤマ、現・雄山神社祭神・富山県)に移して涙ながらに埋葬を終えました。

 クラコ姫がやっとの思いで家に帰ってみると、しばらく留守にしている間に夫のシラヒトは、事もあろうに母に恋慕して言い寄り夫婦気取りでクラコ姫をないがしろにしました。母と夫の浮気に悩んで夫を避けるクラコ姫の気持ちを無視して、今度はクラキネの血を引くクラコ姫が扱いにくいのと、情事が外に漏れるのを恐れてついには暴力を振るって母娘(ははこ)一緒に家から追い出し、ミヤズノ宮(現・籠神社、コノ、京都府宮津市)にいる悪友コクミに送り届けました。
 コクミは事前にシラヒトと示し合わせて貴族の血を引くクラコ姫とその母の扱いにくさに腹を立て、二人共お互い顔向けできないように目前で同時に犯して辱(はずかし)めました。事ここに至ってもマスヒト(益人)のカンサヒは、両人の悪事を糺(ただ)せずにいます。
 臣(トミ)としての義憤から私ツワモノヌシが謹んで御聖断(ごせいだん)を要請いたします。」

 このいまわしい事件はただちにアマテル神のお耳に達し、朝廷の命により緊急に勅使をネとサホコチタル国に派遣してマスヒト(益人)のカンサヒ及びコクミと母娘(ははこ)が出頭を命じられました。
 高天(タカマ・宮中)の殿に参集した諸神(もろかみ)の前で、カナサキ(住吉神)はまずコクミを呼び、尊厳を持って趣(おもむき)を聞きました。コクミはほとんど一方的に口火を切り話し出しました。

 「実はサシメは昔、我が妻だったのです。その証拠に君が死ぬ前に書いたクラキネの証文があります。自分の死後は妻との縁は消滅して汝に帰すと記されています」  カナサキは今度は厳しく問い正しました。
 「いったいお前は何者の子孫なのか、答えなさい」
 これに対してコクミは悪びれた様子も無くしゃあしゃあと言ってのけました。
 「ネ(北陸)の国民(クニタミ)です。何が問題ですか」
 このふてぶてしい開き直りに、カナサキの忍耐もついに切れて、激怒して言いました。
 「おまえは獣(けもの)にも劣る罪人(つみびと)だ。サシメを君に奉げた縁(ゆかり)にて、おまえの様な名も無い者が益人(マスヒト)になれたその御恵(みめぐ)みとご厚恩を忘れたのか。
「汝の裏切り行為は当然極刑に値いする。今改めて祥禍(サガ・善悪)を数え上げれば
1.君の恩を忘れ葬送の祭を怠った罪、百科(モモクラ)
2.母の厚情(こうじょう)による支援を裏切った罪、二十科(フソクラ)
3.母を犯する罪、百科(モモクラ)
4.証文(オシデ)に対する偽証の罪、百科(モモクラ)
5.姫を蔑(ないがし)ろにした罪、五十科(イソクラ)
全て、三百七十科(ミオナソクラ)。ここにトホコノリ(瓊矛法)を申し渡す。」
九十科(コソクラ)       所払い(トコロヲサル)
百八十科(モモヤソクラ)    流離(サスラウ)
二百七十科(フオナソクラ)   人中交去(マジワリサル)
三百六十科(ミオムソクラ)   命去る(イノチサル)
「罪科は四割(よつわり)過ぎたので、矛刑人(ホコロビト・死刑)の制裁を加える。
牢獄に入れよ」
 次にネ(北陸)のシラヒトを召し出し、高天(タカマ・宮中)でのお裁きが開かれました。
 再びカナサキが問い質(ただ)しました。
 「シラヒト、汝は母を捨て、妻を追い出したのは何故か」
 シラヒトはすぐに言い逃れを始めました。
 「追い出したなんてとんでもない。母の方から家出したんです。姫も勝手に一緒について行ったまでです」
 カナサキは今度はシラヒトの出自を聞きました。
 「汝の先祖は何者ぞ。家系を述べよ」
 シラヒトは答えて言い放ちました。
 「もともと我が家はネの国の臣(トミ)だったので(実は補佐)、クラキネの娘のクラコ姫と当然結婚して臣(トミ)の嫡子となりました。しかし母は賎(いや)しい民間の女で私が君にお勧めしたからこそ君の妻に納まったのです。君の御恵(おんめぐみ)をどうして忘れられましょうや」
 と、しゃあしゃあと言い流しました。この時、カナサキのかたわらで辛抱強くこの釈明を聞いていたカンミムスビがおごそかに口を開き、シラヒトを強い口調で叱りました。

 「汝、口先で己に都合の良い話を並びたてて、朝廷をたぶらかすつもりか。我はそちの悪業をことごとく聞き知っているぞ。だいたい汝が、居並ぶ朋友(トモ)を飛び越えて出世できたのも、元はといえば母の力添えで引き上げ、政事(まつりごと)を授けたからであろう。又、クラキネが慈(いつく)しんだ愛娘(まなむすめ)と、そちを結婚させて我が子としたからこそマスヒト(益人)になれたのを忘れたのか。この恩知らずの親不幸者が。それを何と愚かにも母に横恋慕して言い寄り、妻の目を盗んで情事を重ね、クラコ姫の切ない思いを踏みにじったあげく、秘め事が見つかり扱いにくい母娘をツ(宮津宮)に流しやるとは何事ぞ。それでも人かや」  カンミムスビはまだ腹の虫がおさまらず、続けてシラヒトの悪業を公(おおやけ)にしていきました。
 「まだある。民の模範となるべき益人の立場もわきまえず民(たみ)の女を漁っては奪い我が物とする。賄賂はつかむ。税(ちから)はかすめるわ。。。」

 罪状が落ちる所まで落ちたのを悟ったカナサキは、そっとカンミムスビを見やり同意を求めると判決を読み上げました。
1.君および母の恩を忘れた罪、二百科(フモモクラ)
2.妻を追い出し流浪させた罪、百科(モモクラ)
3.母娘両人に狼藉(ろうぜき)の罪、五十科(イソクラ)
4.賄賂を掴(つか)むの罪、六十科(ムソクラ)
「全て四百十科(ヨオソクラ)。これ逃るるや」
シラヒトは返答に詰まってだんまりを決め込んでいます。
「牢獄に入れよ」
   この裁定がくだると、アマテル神は諸神(もろかみ)と評議して後、詔(みこと)のりをされました。
 「今度(このたび)ヤソキネをネ(北陸)の国神に任命する。この決定は、イサナギの産屋(うぶや・生家)を中心にヤソキネは私の伯父で、イサナギの妹シラヤマ姫は私の叔母にあたり、二人の結婚により先祖から受け継いだ国政も安泰、民の暮らしも落ち着きを取り戻し豊かになるだろう。この様なわけで、ネの民を治める伯父と叔母にシラヤマ神の神名を授けよう。これから先イサナギは祭れど、失政により国を乱した弟(オト)のクラキネは祭らず」
 アマテル神の決断は明解でした。

(後記)
  このアマテル神の詔のりは3千年の時を経て、今日まで生き続けています。娘のクラコ姫の手によって父の遺体を埋葬した霊峰立山の名祠・雄山(おやま)神社の御祭神もイサナギ神とタジカラ神の二柱とされ、本来の立山神クラキネの名は伏されています。
 おそらく、雄山神の名も本来は立山神だったはずが、禁忌(きんき)を恐れて未だに呪縛(じゅばく)が解かれずにいるのでしょう。いつの日にか、クラキネの愛した美しい妻サシミメと慈(いつく)しの娘クラコ姫が立山神として親子三人一緒に祭られんことを願ってやみません。

 シラヒト、コクミの御裁きが一段落すると、ネの国、サホコチタル国の民情も落ち着きを取り戻して、民も豊かに平和が続くようになりました。
 そんなある時、アマテル神のネ(北)の局(つぼね)スケ后(きさき)モチコが、クラキネの娘クラコ姫とマスヒト(益人)のカンサヒの子アメオシヒ(天忍日)と妻合(めあわ)せ結婚させて、クラコ姫の夫となったアメオシヒをモチコの義兄とし父マスヒトの地盤北陸地方の国政を継がせました。
 シラヒト、コクミも、スケ后モチコの計らいで、この祝言(しゅうげん)に恩赦を得て罪が半減され、ヒカワ(現・斐伊川、島根県)に流刑となりました。後に新マスヒトのアメオシヒが家臣として二人を再登用したので、今は皆ヒカワでしばし静かな時を送っています。

 ソサノオは今度アメオシヒとクラコ姫の結婚の儀一切を取り仕切る事となり、すべて準備が整った所で、マナイガ原に祭られるトヨケのアサヒ宮にご報告を兼ね君の名代(みょうだい)として詣でました。
 大勢の参詣の人込みの中にとりわけ敬虔(けいけん)な祈りを奉げる一人の美しい手弱女(たおやめ)に目を止められたソサノオは、姫の侍者(マカダチ)にどこの誰かを尋ねました。
 「月隅国速見県(ツキスミハヤミアガタ)のアカヅチのハヤスウ姫(早吸日女神社・大分県佐賀関町)」との答えを聞かれたソサノオは、しきたりに従ってツキスミ(月隅)のアカツチ宮に特別の勅使を飛ばして姫との結婚を申し込みました。
 アカツチはソサノオの申し出を快く承諾して、姫はソサ宮に嫁ぐことになりました。が、日頃の悪ふざけが過ぎて、とかく問題児扱いされていたソサノオは、いまだに熊野大臣の早玉雄(ハヤタマノオ)と事解雄(コトサカノオ)の元で保護観察の身で、長い神議(カミバカリ)の末に結局新しい宮を許されませんでした。貴族社会では、この一件は人格を認められない重大事で、この結婚話はまとまりませんでした。ソサノオは失望と身の置きどころの無い悲痛な日々に、同情を求めてネ(北)の局(つぼね)モチコ、ハヤコ姉妹の元に通いつめ、ついには折々姉妹の元に宿るようになり、陰の愛(かげのみやび・密通)に明け暮れる様になりました。
 中宮セオリツ姫はソサノオと姉妹の関係を薄々感じていましたが、アマテル神のお立場や心中をお察しして、この事を長い間胸のうちに納めておきました。

 ある日の事です。中宮は密かに二人を内宮(うちみや)にお呼びになりのたまいました。
 「姉妹(エト)共に今日から暇を出すからしばらく休みなさい。後任にはツ(西)のオシモのトヨ姫(宗像の娘、宗像神社、福岡県)が君の御前に侍るので心配には及ばない。ゆっくり休むが良い」
と、ネ(北)の局を解任してほとぼりの冷めるのを待つことにしました。
 大内宮(オオウチ)に下って激しく嘆き悲しむモチコとハヤコ、ソサノオは義憤と同情から我が事の様に怒りだし、ついに湛(たた)えかねて中宮に対する怒りもあらわに血相を変え剣をわしづかみに駆け出そうとするのを、何とかその場を押し止めたのは妹のハヤコでした。
 若く血気盛んな偉丈夫(いじょうふ)ソサノオの前に立ち塞がったハヤコは、毅然として静かに言い放ちました。
 「功(いさおし)ならば天(あめ)が下(した)」(手柄を立てたいなら、天下を取れ)
 この一言は、単に中宮への恨みつらみを飛び越えて、アマテル神殺害をも暗にほのめかす大蛇(おろち)と化した女の執念と嫉妬が、牙(きば)をむき出し炎を吐いて君と中宮に襲いかかる悪魔の叫びでした。
 丁度この時、この緊迫したやりとりを何も知らない中宮の妹ハナコ(若桜神社、奈良県桜井市大字谷)が来合わせ、一同慌てふためいて一旦は矛(剣)を隠し、その場を何とか繕いました。が、このただならぬ空気はすぐにハナコの悟るところとなりました。
 ハナコもその場は何くわぬ顔で見ぬふりをしたものの、隠し置くにはあまりにも事は重大で切迫しており、ハナコはついに姉の中宮セオリツ姫に一部始終を告げました。日頃から聡明で心優しいセオリツ姫は、何とかこの難局を良い方向に解決しようと思い巡らして、今度も一旦は事を胸の内に納め置いて時のくるのを静かに待ちました。

 ある日の事です。中宮はアマテル神がヒタカミのタカマガハラ(地上の高天原、現・仙台多賀城市付近)に御幸された機会に、モチコ、ハヤコ両姉妹を内宮(うちみや)にお呼びになり心を込めて切々と諭されました。
 「二人共既に解っていると思うが、君と汝ら姉妹(エト)の関係は冷え切った食事(冷飯の語源)も同然、二人の居場所はもうここに無い。この場は私に任せ、これから言うことをとくと聞くがよい。実はツクシ(月隅国)のアカヅチの老翁(おじ)に良く頼んであるので、ウサ宮(現・宇佐神宮、大分県宇佐市)に下って時の来るのをおとなしく待ちなさい。くれぐれも真面目に反省して罪を償えば、私が必ず局に復帰できるように計らうから、どうか素直に私の指示に従って欲しい」
 「又、モチコの生んだタナキネ(出雲大社初代祭主、天穂日命・アマノホヒノミコト)は、古来から男子は父親の元に置くのが習わしなので、私が預かって我が子同様愛情を持って育てるから心配しないで良い。ハヤコの生んだ三つ児の三女(タケコ・沖津島姫、タキコ・江津の島姫、タナコ・市杵島姫、現・宗像三女神)は母に任せるから自分で育てなさい。必ず心静かに待つのですよ」
と、親切丁寧に諭されて、一旦は不承不承ながら身に覚えのあること故、やむなくウサ宮に下ることになりました。

 ウサ宮では、アカツチの老翁(おじ)が姉妹(エト)と三女を新后(アラキサキ・改心した新しい后)としてお迎えするため、宮を新改築して何不自由ない様に万端整えて心から歓迎しました。とはいえ、何と言っても宮中の華やかな暮らし振りとは格段の差があるここツクシ(月隅国)の風土は、何かと質素で淋しい鄙(ひな)びた暮らし振り、わがままに育った姉妹に馴染むべくもありませんでした。三女の養育も放ったらかしにし、不満を相手かまわずぶちまけて近頃は怒りもあらわにセオリツ姫への怨みつらみを募らせていきました。
 「ムカツ(中宮)め、殺してやる」
と、口走り大蛇(オロチ)の様な怒りの炎を吐き、日増しに荒れすさんでいきました。
 アカツチはもうなす術(すべ)もなく困り果てたあげくに、使者を出して中宮に一部始終を告げます。中宮は直ちにトヨ姫をウサに派遣して養育係とし、姉妹局(エトツボネ)を解任(左遷)しました。憤(いきどお)った二人は、さまよえるサスラ姫(流浪姫)となり、ヒカワ(現・島根県斐伊川付近)へと怒りに急(せ)かされて出弄(しゅっぽん)していきました。
 「我等が領地ヒカワに辿り着けば、強力な助っ人が大勢待っているわな。特にシラヒト、コクミ両人は先に命を救ってもらった覚えがあろう。我等が一族郎等と組んで必ずやムカツを殺してやる。蛇(じゃ)の道は蛇(へび)、皆我等に従い地獄の果てまで行くんじゃ。怖いものは何もないわあ」
 ヒカワの渓谷に身を隠したサスラ姫等は、益々憤(いきどお)り怒り狂ってついに大蛇(オロチ)と化して世にわだかまりとぐろを巻いていました。コクミ配下の郎等が数を増すにつれ日に日にオロチは大きくなり、総勢はすでに八重谷(ヤエダニ)を埋めつくして八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に大きく変身しました。

 実に前々からシラヒト、コクミ等はクラキネ直系の血を引くモチコ、ハヤコを我等が国神と信奉してヒカワに勢力を結集し、モチコ、ハヤコの帰国を今か今かとてぐすねひいて待ち望んでいました。
 コクミ等は、手始めに手柄を見せようと、モチコ、ハヤコの憎む身内の姫を次々と奪い去り、犯しては殺していきました。不幸にして真っ先に犠牲になったのがアカツチの娘のハヤスウ姫でした。その動機はソサノオがハヤスウ姫を見初めて求婚したばっかりに、モチコ、ハヤコからは恋敵(こいがたき)と見なされ許せなかったのです。次に狙われたのが、近場に住むアカツチの弟サダのアレオサ(荘園主又は村長)のアシナヅチ(佐太神社・島根県八束郡)の八人の娘達で、不幸にも七姫までが生贄(いけにえ)となりました。
 事がこれでおさまらないのは、ソサノオです。生来がわがままで乱暴な上、唯一無二の理解者だった親しいモチコ、ハヤコも自分が犯した罪が原因で左遷されて今は甘える術もありません。ソサノオは日増しに荒れ狂い、年中行事の新嘗祭(にいなめさい)の為の苗代に重播(しきまき)して神田をだめにしたり、田に駒を放って暴れさせ、溝を壊して稔りを台無しにしたりの悪事の数々を繰り返し、ある時は神聖な新嘗祭で君がお召しになる神御衣(かんみは)を織る斎衣殿(いんはどの)の戸に糞尿を撒き悪事は益々悪化してゆきました。織姫達に無用な恐怖心を抱かせないように、織殿(はたどの)の戸を閉ざしたところ、ソサノオはついに切れ、屋根を破って班駒(ぶちこま)をハナコの上に投げ込むという暴挙をしでかしました。何とあろうことか、真下で一心に機(はた)を織っていたハナコの頭上に馬が落下して、驚き動転したハナコの手に持つ梭(ひ)が身を突き不幸にも御罷(みまか)ってしまいました。
 「ハナコが神去りました」と泣きわめく姫達の悲痛な声を聞きつけ馳せ参じたアマテル神もついに語気を荒げてソサノオをしかりつけました。
 「お前は国を乗っ取ろうとする汚い奴だ」
 「天成る道を教えるこの歌を学んで良く反省せよ」と言って歌をお与えになりました。

天(あめ)が下 やわして巡る日月(ひつき)こそ
晴れて明るき 民(たみ)の両親(たら)なり
 ソサノオはこの頃はまだ不幸にして、たとえ過失だったにしろハナコ殺人の罪を自覚できず、益々凶暴になり剣を抜いて振り回し、岩を蹴散らしてもなお怒りが納まらずついにアマテル神に向かって来ました。
 「おれが汚く国望(くにのぞ)むだと。いったい何を根拠に因縁をつけるんだ。ハッキリ言え。偉そうな歌なんぞ知らん。さあ出会え、出会え」

 アマテル神はソサノオの乱心に恐れをなして、急ぎ岩窟(イワムロ)にお隠れになり岩戸を閉ざしました。この時天の下は突然暗闇が襲い、昼夜が混乱してしまいました。  その頃ヤス川辺(現・滋賀県守山市野洲川、御上神社か)に居たオモイカネは、この暗黒の闇に驚いて松明(タビマツ)を掲げ、急ぎイサワの宮に馳せ参じて子のタジカラオに国の実状を聞き、神々を集めて緊急会議を開いて知恵を問いました。
 「祈祷法(いのらんや)」皆口々に「祈らんや」を繰り返しました。
 ここでツワモノヌシが祈祷法を発案して諸神に賛成を求めました。
 「真榊木(まさかき)の上枝(カンエ)に勾玉(ニタマ)を掛け、中枝(ナカツエ)には真経津(マフツ)の鏡を下げ、下枝(シモエ)には和弊(ニギテ)を付けて祈ろうじゃないか」  「そうだ、そうしよう、そうしよう」
 皆、一斉に答えました。ウズメ(天鈿女)等女性陣は、それぞれヒカゲ(日陰草・ヒカゲノカズラ)を襷(たすき)にして魅力的に体に巻きつけて、次に重たい矛を引き出してきて茅(かや)を巻いて茅巻矛(チマキホコ)と名付けて大はしゃぎ、薬草のオケラ(キク科の多年草)を庭火に焚いて笹湯花(ささゆばな・湯立神楽)の用意も上々、さあいよいよ世にも名高い三千年神楽の始まり始まりい。
 「祝詞(のりと)をあげろ、篝火(かがりび)をもっと焚け、どんどん燃やせ、たきぎをくべろ。さあお祭だあ、お祭だあ」

 まわりの闇とは対称的に人の心を明るく照らすこのざわめきは、どこから沸き上がるのだろう。オモイカネは深く謀った後に、常世の踊り「長幸(ナガサキ)」を皆の前で初公演しました。俳優達は一斉に面白おかしく歌い始めました。

香久(かぐ)の木  枯れても匂(にお)ゆ  萎(しお)れても良(よ)や
我(あ)が妻  天地(アワ・神)  我(あ)が妻  天地(アワ・神)

(みかんの木 枯れても良い匂い 萎れても良い匂い 我が妻は 神(かみ)さん
我が妻は 神様や 年取って萎れてもいい女 我が妻は 神様や)
 諸神達は岩戸の前に暁鶏(かしまどり)を放って長鳴を競わせて、これこそ常世(とこよ)の長(鳴)幸(ナガサキ)と手を打ち鳴らし、踊りました。
 君は外界が真暗なはずなのに笑い声が絶えず、明るく面白い歌や踊りを聞いておもわず微笑み、そおっと岩戸を開けて外を覗き窺(うかが)いました。
 その時です。岩の陰に隠れていたタジカラオが岩戸をつかんで投げ捨てて、急ぎアマテル神の御手を取り出して奉りました。今度はツワモノヌシが注連縄(しめなわ)を窟(いわや)の入口に張り廻らして閉め、君に向かって一言、「な、帰りましぞ」(再び窟にお帰りにならないように)と、申し上げました。

 ハナコ姫を傷つけて死なせた決定的な悪事を最後に、高天(タカマ・宮中)では諸神による神議(カミバカリ)が召集され、ソサノオの罪状が言い渡されました。罪科はかつてない厳しいもので天の巡りは三百六十科が死罪ですが、ソサノオにはその三倍の千科(チクラ)の刑死が科せられました。この三段死(ミキダガレ)とは、三回死ぬほどのむごい死を言います。
 刑が順順に執行され、髪も抜かれ、爪も剥ぎ取られつつある時です。突然、セオリツ姫の勅使から急な知らせが告げられました。
 「ハナコの御霊(みたま)は、ウケモノ(倉稲神・うけみたま)に祈り、死の苦しみからすくい上げて無事天国へお送りしました。ソサノオのハナコ殺しの四百科はすでに償われました。ソサノオの性格は生まれつきの遺伝です。罪の無い人をいつまでも投獄しておかないで、出してやれないものでしょうか」

 なんと高貴で優しい御心でしょう。健気で一途に生きた姉思いの妹ハナコ姫を失った悲しみを乗り越え、憎んでも憎み足りない罪人の減刑を真剣に乞う慈悲こそが、若きアマテル神をして自ら階段(キザハシ)を降りて、手を取り迎え入れたセオリツ姫の雅(みやび・愛情)にあったのです。
 セオリツ姫の情状酌量を願う減刑要請を諸神が神議した結果が伝えられました。
 「本来は天の理にそむく重罪ではあるが、身内の好(よしみ)により罪状を半減し追放刑に処する」

 罪人として流浪の刑を受け追放されたソサノオの哀れな今の御姿は、頭に深々と菅笠(すげがさ)を被り、身にはまだ青さの残る麻蓑(みの)をまとっていました。  これから先もう誰に頼るあてもなく、来る日も来る日も唯々生きるため食物(くいもの)を求めて徘徊する人生、前途に広がる無情な山々と行く手を阻(はば)む川、下民(シタタミ)に落とされて流浪(さすら)う罪人を遠巻に迎える閉ざされた里、待つのは冷えた人の目、誰もが無口で死者の様に音も無く走り去る風。貧しい茅葺きの室屋(ムロヤ・立穴住居)から洩れ聞こえる嘲(あざけ)る子等の声。大人は皆、石になってしまったのか。誰でもいい、食べ残しの飯を。何でもいい、口に入る物を投げ与えてよ。一度でいい乙女の優しい野の花を一輪添えてくれ。私は哀れで愚かな夢を食べる流浪雄(さすらお)です。

 大御神(オオンカミ)は岩窟(いわや)を出て再び民の前にお立ちになり政事(まつりごと)をしろしめました。君の御威光により再び日は昇り、天下くまなく照り通って諸民の顔も皆明るく楽しそうです。ここに天道晴明(ミチスケ)の歌を捧げます。
天晴(アワ)れ  あな顔(オモ・面)白(シロ)  あな楽し
あな清(サヤ)け  汚穢(オケ)  清(サヤ)け汚穢(オケ)
天晴(アワ)れ  顔白(オモシロ)  清け汚穢(サヤケオケ) あな楽し

 (天下再び晴れ人々の顔も光に輝く、ああ何と楽しいことか、心は清まりいやな(汚穢・オケ)事飛んでけ、清まれ汚い物、天下晴れて、誰の顔も明るい、消え去れいやな事、ああなんて幸せ)
 さあ皆一緒に手を叩こう。手を打ち延べて手踊りや。千岩谷(チワヤ)震るえ、大地が揺れ動くまで歌って踊ろう。これが本当のお神楽だ。お神楽の始まりだ。
 これよりぞ天照大御神(アマテラスオオンカミ)とぞ名乗らせよ。(この踊りをもって初めて天照大御神と自ら名乗らせたまう)

 サスラオ(ソサノオ)は未だ下民(シタタミ)の身でありましたが、この度はアマテル神の許可を得てネ(北陸)の国に旅立つことになりました。
 旅立ちに先だってアマテル神はサスラオの願いを入れて正殿(せいでん)にお出ましになりました。この時のソサノオの様子は、お白砂(おしらす)に伏して居並ぶ群臣を前に深く額(ぬか)ずいたまま願い事を申し上げました。
 「出発に先立ち、ヤスカワベ宮に居られる姉ワカ姫に一目お目にかかってからネに向いとうございます。決して長居はいたしません。ほんのしばしの間で結構です。何とぞお許しのほどを」
 ソサノオはモチコ、ハヤコと遠く離れ離れになった今、唯一自分の心を理解してもらえるのは姉ワカ姫だけだと一人信じ込んで、苦しい旅の空ではいつも女神の様に夢に表われては、ソサノオを慰めてくれました。
 やっとソサノオの念願が叶い、夢にまで見たヤスカワ宮に登場です。
 この時、大地は踏轟(ふみとどろ)き鳴動し、驚いた姉は以前から弟の狂暴な振舞を伝え聞いていただけに、恐れをなして宮の戸を半ば開けただけで言いました。
 「弟(オト)が来るのは良い事などない。きっと国を奪いに来たのでしょう。こんなに長い間、父母(イサナギ、イサナミ)がお前に任せたネ(北陸)とサホコ(山陰、任命された国・ヨザシノ国)を放ったらかしにしておいて、まさか今さら返せとも言えないはず。何を窺(うかが)いに来たのですか」

 ソサノオは髪を総角(あげまき)に結い、裳裾(もすそ)を束ねて袴(はかま)の代用にして、五百連曲玉(イモニまがたま)の御統(みすまる)を全身に巻き着け、腕には千本入り、五百本入りの靫(ゆき)をくくりつけ、弓弾(ゆはず)をぶんぶんと振り回して、手には八柄剣(ヤツカノツルギ)をひっさげ、堅庭(カタニワ)を踏んで岩を蹴散らし、稜威(いず)の雄叫びを上げて怒鳴りました。
 「何を恐れるんだ。古い証文におれがネの国に行けとあるではないか。姉と対面して後に行くつもりで遠路はるばる訪ねて来たのに。人を疑っていないで誠意を見せてくれ」
 姉は又聞きました。「本心(サゴコロ)はいったい何ですか」
 その答えは、「ええい、もういい。ネ(北陸)に行ったら必ず結婚して子供をつくって見せる。もしも先に女子が生まれたら、おれの心が汚れていたと素直に認めよう。もし男子だったら、その時はおれの勝ち。おれは悪くない。これを誓いとしよう」
 ソサノオは続けました。
 「アマテル神が昔、マナイガハラ(真奈井原、現・比沼麻奈為神社、京都府中郡峰山町)に御座(おわ)しました時、自ら胸の御統(みすまる)の玉を解いて、マナイ(真奈井)の水で濯(そそ)いだ所、モチコ(ネの局)がタナキネを生み、床神酒(トコミキ)を飲んでハヤコと性交したその夜の夢に、十握剣(トツカノツルギ)を三段(ミキダ)に折りて清噛(サガ)み(相模の語源)に噛むと三宝(ミタ)となり、その後ハヤコが三女を生んだので、三女の真名(イミナ)の頭にそれぞれタ(宝)の字を付けたという。もしも我が汚れて姫が生まれたら、その時は素直に過ちを認めて姫と共に生涯恥をかいて生きよう」
 と一人誓い去って行きました。
 三人の姫が成人してからの神名はそれぞれ、

 タケコ  沖つ島姫(現・竹生島神社)、
 タキコ  相模江の島(サガムエノシマ)姫
 タナコ  厳島(イツクシマ)姫、です。

 両神(イサナギ、イサナミ)は後世の人のために遺言状(ノコシフミ)をされました。 天の運行(メグリ)も時に狂って日食、月食があるように、八尺瓊(ヤサカニのまがたま・曲玉)の中心が濁った時に交わってできたソサノオは、霊の緒(タマノオ)が乱れて国に隈(クマ・災)をなす過ちをしました。
 男(オ)は父(天)の心を持って、大地(ハ・女性)を抱き、女(メ)は母(地)の心を持って天(ア・男)と寝(いね)よ。必ず浮橋(ウキハシ・仲人)を立て、結婚すべし。又、女(メ)は月経(ツキシオ)の後の三日目に、身を清めて朝日を拝み、日霊(ヒル)を受ければ良い子が生まれます。誤って生理中(ケガレルルトキ)に性交して出来た子は必ず乱暴な子になるので注意しなさい。
 先に犯した失敗は、未熟児のヒヨルコを葦舟(アシフネ)に乗せて我が恥と流したこと(アワジ・淡路の語源)。又、後の失敗は、ソサノオの悪業の数々。このことを教訓として後の日の占いのもととしなさい。
 必ずこれをな忘れそこれ。

終り

出典
 ホツマツタエ (国立公文書館蔵)
 秀真(ほつま)政傳紀 (和仁估安聰訳述)


 高畠 精二


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